「甲斐ゼミ」の略称でおなじみの甲斐ゼミナールを運営する、株式会社サンキョー。社会の変化に伴い教育も変わる中、長きにわたって、受験生や保護者に寄り添い、子ども達の学力を伸ばし、可能性を広げてきました。甲府市武田にある本部校を訪ね、長田正樹校長に、これまでの歩みや今後の展望についてお聞きしました。
▲甲斐ゼミナール(株式会社 サンキョー) 長田正樹 校長
はじまりは、1974年創業の英語塾。
「受験で後悔して欲しくない」
強い思いで、総合学習塾へと発展。
弊社の歴史は、1974年に創業者が設立した「レインボーイングリッシュスクール」から始まります。当初は中高生向けの英語塾だったようですが、子ども達と関わり、山梨の大学進学実績など見ているなかで、「受験で後悔して欲しくない」という強い気持ちが生まれ、その気持ちが原動力となって、全教科を教える学習塾へと転換していったと創業者から聞いています。その後、県内各地へと教室を広げ、長野県に6教室、静岡県にも3教室設置するにいたり、現在は50教室ほどを展開しております。おかげさまで、昨年、50周年を迎えることができました。
事業内容としましては、なんといっても学習指導が中心です。高校受験、さらには大学受験での進路実現が大きな目的になろうかとは思いますが、近年は中学校受験も増えてきていますから、すべての学年で学習指導を行い、学校の授業だけでは難しい学習内容の定着と、学力及び成績の向上をはかることが、私どもの使命だと考えております。
特に大学受験については、かつて山梨では、ノウハウがなく人材もいないためサポートができない時期が長く続いていましたが、ここ20年ほどで弊社もかなり力をつけ、東京に行かなくても全国レベルの指導が受けられる段階まで成長しました。これに胡坐をかかず、今後もさらに充実させていくつもりです。
一方、幼児については、早期教育の重要性から英会話を中心に始めています。ただ、近年は小学校受験対策のニーズも高まってきていますので、そこにも応えていかなければいけないということで、サポート範囲を広げているところです。
なお、事業形態としては、7割が集団授業、残り3割が個別指導になります。
事業を支える優秀な講師陣の育成
こうした私どもの事業を円滑に行い、かつ、相応の成果を上げるために不可欠なのが、優秀な講師の存在です。人柄も然ることながら、教える力、すなわち指導力が最も重要になりますので、そこをどうやって育成していくか、新人をどのようにスキルアップさせていくか。加えて、生徒や保護者のニーズもさまざまですので、そこに合わせた指導も考えていかなければならない。学力の高い生徒が求める指導と、平均的な生徒が求める指導、学校の勉強についていくのが難しい生徒が求める指導には、おのずと違いが生まれます。そういった点も含めて、個々の子どもの状況を理解し、それぞれに応じた幅広い対応ができる人材を育成していくには、どのように教育すればよいのか。日々頭を悩ませ、試行錯誤を繰り返しながら、講師の育成にもあたっています。
ところで、優秀な講師に求められる資質はあるのでしょうか。あるとしたら、どのような資質なのでしょうか。
ただ一つ、生徒に教えることが好きだということ。私はこれに尽きると思っています。教えることが好きであれば、もっと教えたい、わかってもらいたいという気持ちがおのずと生まれて、自分の指導力を上げる方法を自分で探すことになりますし、その前提にあってこそ、我々の指導をすんなりと受け入れることにもつながりますから。もし「子どもに教えたい」という気持ちが強い人がいらしたら、ぜひ弊社に来ていただけたらと思いますね。
学校と塾の違いとは?
塾には塾の役割があり、使命がある。
まず大前提として、学校は万能ではありません。学校にできないことも沢山あります。ですから、我々は学校ができないことを、自分たちの役割としてやっていきたいと考えています。当たり前ですが、大部分の保護者や生徒も、学校と同じことを学習塾に求めてはいないはずです。
では、学校ではできないこととは何か。
学校は、文科省が定めた学習指導要領に従って授業を行い、まんべんなく知識を与えると同時に、集団生活を通してさまざまなことを子ども達に経験させ、トラブルがあれば教え諭して、バランスの良い人格を形成していくことも大きな役割です。
一方、塾の場合は、学習に特化した形で保護者や生徒が求めているものを提供するのが役割です。例えば、学校の授業よりさらに先を学びたいという子もいれば、学校の授業だけでは理解できないから、もっと丁寧にわかるまで教えて欲しいという子もいるでしょう。そして、そうした一人ひとりのニーズをくみ取り、その期待に応えるため最大の力を注いでいくことが、私たちの役割だと思っています。
一方で、私どもも企業ですから、一定の利益を生み出し社会に貢献することもまた、私どもの責任です。時代が進み、少子化も急速に進むなか、常にアンテナを高くして、今何が求められているのかを的確にキャッチし、それに応じた事業を展開していくことは、非常に重要なことだと思っています。
実際、近年は従来型の学力レベルに合わせた集団授業だけでは、対応できないニーズも増えています。また、DX化が進むなか、新しい教育コンテンツもどんどん生まれています。世の中に存在する膨大なコンテンツの中から、何を取り入れ、どのように指導に生かしていくのか、その見極めも非常に重要です。なんでも新しいモノにいち早く飛びつくということではなく、きちんと精査して、最適解を求めていく。そこが現代の経営者に求められることだとも思います。
▲様々なサポートだけでなく、自習ができるような環境も整えています。( KEIPEキャリア)
こうしたなか、現在弊社で具体的に始めているのが、メタバース教室です。仮想空間の中にある「メタバース塾KAI」で、アバターの姿で授業を受けるというもので、何らかの理由で登校していない生徒をはじめ、「大勢の目のある教室では緊張して集中できない」「自宅で効率よく学習したい」といった、さまざまなニーズにお応えしています。
また、AIを使った学習診断も好評です。AIが生徒の足りない部分を指摘し、学習方法をサポートするというもので、客観的な判断を冷静に受け止めながら、確実に苦手を克服していくことができます。
今、N高等学校に代表される通信制高校が、中学校卒業後の一つの選択肢として広く認められるようになってきています。これは、勉強はするけれど学校へは行かない、大学には進学したいけれど高校に行くのは嫌だといった子どもの主張を、親も社会も受け入れる時代になってきたということでもあり、全員が同じように全日制の高校に進学するという時代に比べ、価値観も、学びの形態も、着実に多様化しつつあると言えます。
そうしたなか、塾にも新しい役割が期待されるようになっており、前述のメタバース教室はそうしたニーズに応える一つの形だと思っています。
しかし一方で、対面で教えるスタイルは、やっぱり大切にしていきたいとも考えています。今は、ひとつのやり方が、すべての生徒にとっての最適解にはなり得ない時代です。この生徒にはこういう形がいいだろう、この生徒にはこちらの形がいいだろうと、一人ひとりの子どもに対して取捨選択ができる環境を作っていくことが重要だと思っています。
貧困、不登校、放課後の居場所など、
自治体と協働し、地域が抱える課題に挑む
以前から、山梨県として、社会問題になっている貧困の子ども達に、どのような形で支援ができるのかということを、県と協議してきました。それが形になったのが、今、県と協働している「子ども未来支援事業」です。昨年議会で承認され、ようやく実現しました。弊社単独ではなく、一定の基準を満たした学習塾が一緒になって、子ども達を支援していくという事業です。
市町村とも連携し、生活が厳しい家庭の子ども達が塾に通えるようにということで、支援事業を始めています。自治体と協議するなかで、差別やいじめにつながることがあってはならないということで、対象の生徒は自由に教室や授業を選ぶことができ、私どもも、対象の生徒が誰なのかはわからない状態で通常のサービスを提供するという形にしました。この事業にかかる費用や授業料は、自治体と弊社が折半して負担します。
また、こういった支援の他のかたちとして、2年前から自治体と連携したメタバーススクールも展開しています。これは最新のメタバースを使った学習塾を自治体として作りたいというご相談をいただいたことから始まった事業で、互いに協力しながら、子ども達を対象にしたメタバーススクールを運営しています。
学童保育も始めました。核家族化が進み、共働き家庭も当たり前になるなか、学校が終わった後の子ども達の居場所がないということで、その役割も弊社が担っていく必要があるのではないかと考え、始めた事業です。
現在、北口本校の3階に開設し、主に学童保育のない小学校の子ども達が利用しています。学校が終わるとここへきて、夕方まで、遊んだり勉強をしたりして過ごすという、塾とは一線を画した内容になっていて、習い事にここから行く子もいます。
子ども達を取り巻く環境がどんどん変化しているなかで、家庭だけでは対応しきれない状況がいろいろと出て来ています。そうしたなかでどのような役割を果たせるのか、ということは我々の新しい役割であり、社会貢献、地域貢献という側面もあると思っています。
少子化のなか、新たに求められる役割とは?
少子化が急速に進む中、ごく近い将来、日本全国の学習塾が経営を見直す必要に迫られることになると思われます。それは弊社も同じです。そうした中で、我々が大切にしていきたいことは、山梨の教育を支えてきたという自負のもと、今ある教室をできるだけ多く継続していくということです。
というのも、特に地方の場合、小学校が無くなると、その地域の教育文化が無くなってしまうと言われるのですが、私は、学習塾についても同じことが言えるんじゃないかと思うんですね。私どもも、社会インフラのひとつだと。だからこそ、生徒数が少なくなってきたから教室を閉じるといったことを、できるだけ先送りしたい。そしてそのためには、人手不足もあってかけられる人数が減る中で、サービスを向上させ、生徒の満足度を上げていかなければならないと考えています。そこで、今、どうすればそれが可能なのかを模索し、人口の少ない地域でも、弊社ができるだけ長くサービスを提供し続けていける形を何とか確立しようとしています。
これについては、今はまだ詳しい内容をお話しできる段階ではないのですが、既存のコンテンツを利用するなり、新しいコンテンツを開発するなりして、小さくなったパイを補っていくことが必要になるのではないかと考えています。ただし、単に映像の配信や遠隔授業をするという形はとりたくない。私たちは、長い間実践を重ね、試行錯誤を繰り返すなかで、やっぱり人と人が会って初めて成立するという教育を無くしてしまってはいけないと感じていますし、効率化を求めれば映像授業や遠隔授業になるのでしょうが、教育とはそういうものではないということも理解しています。人が人を導くということは古来からの教育の原点なのですから、どんなに時代が進んでも、どんなに社会が変わっても、その原点を大切にしていきたいと考えています。
練習着のメインスポンサーを長らく続けているヴァンフォーレ甲府への支援も含め、これからもさまざまな形で地域文化の発展に努めるとともに、山梨の教育の一端を担っていけたらと思っています。