2017年に創業した株式会社KEIPE。甲府市と笛吹市で就労継続支援A型事業所を開設し、障がいがあり一般企業で働くことが難しい人たちの就業をサポートするとともに、飲食業や地域商社など幅広い事業を展開しています。
「障がいを特別なものにせず、誰もがそこに居ていい社会にする」をミッションに掲げ、さまざまな挑戦を続けている同社の赤池侑馬代表に、これまでの歩みや今後の展望についてお聞きしました。
▲株式会社 KEIPE 赤池侑馬代表
ベンチャー企業で大金を稼ぐために奔走していた僕が、
地元山梨で、福祉の仕事を始めた理由
甲府駅から徒歩5分。雑居ビルの2階にあるKEIPE甲府は、おしゃれで開放的なオフィス。天然木を基調にしたナチュラルな空間にカラフルなインテリアが点在するカフェのような空間で、15人ほどの老若男女が、パソコンに向かって作業をしたり、丸テーブルで打ち合わせをしたりしています。
ガラス越しにその様子を眺めながら、「年齢や性別、障がいの有無にかかわらず、人は誰しも無限の可能性を秘めていると僕は思っています。そして、その可能性を見出して育んでいくことがすごく大切だと思っているし、楽しさも感じるんですよね」と話し始めた赤池侑馬社長。ファーストキャリアは、中学校の教員だったと言います。
「理想を掲げ、情熱を持って教員になったものの、実際には思うような教育ができなくて。それで、40歳までに自分の学校を作ろうと一念発起し、学校設立に必要な資金や人脈を作ろうとコンサル系のベンチャー企業に転職。いかにして目の前の課題を解決し、どうやってこの事業を多くのお金を生む事業に成長させるかということに懸命に取り組みました。
障がいのある方の支援事業を始めたのは、2017年です。きっかけになったのは、バイク事故を起こしその後働けなくなっていた兄が、いろいろな方のサポートを受けながら16年ぶりに社会復帰したこと。その過程に立ち会いものすごく感動して、甲府にもこんな場所があったら兄も地元で働けるかもしれないなとか、世の中には兄のような人も少なくないだろうから、自分たちがやってもらったことを、今後は自分たちがやっていけたらいいなと考えるようになり、株式会社KEIPEを立ち上げて、就労継続支援A型事業所(現在のKEIPE甲府オフィス)を開設しました」。
▲KEIPE甲府オフィス
▲KEIPE甲府オフィス
就労継続支援A型事業所とは、精神疾患や難病など何らかの障がいがあって一般企業への就職に難しさを感じている人が、事業所と雇用契約を結び、支援体制の整った職場で働くことができる障がい福祉サービスのこと。利用者は、報酬を得ながら自分の状況に合わせて就労できるだけでなく、知識や技術を得たり、自信を育んだりして、一般就労を目指すこともできます。
デザインやデータ入力といったウェブ関連の業務を企業から受託し、利用者も増えていたんですが、あるとき男性利用者と話していたら、「僕はね、病気で奥さんに迷惑を掛けちゃったから、早く社会復帰をして、家族を幸せにしたいんだよね」とおっしゃったんです。
その頃の僕は、みんなお金を稼ごうと思ってKEIPEを利用していると思っていたのですが、その言葉によって、地域や社会に出るチャンスとして来ている方もいることに改めて気づいた。ところが、実際には、僕らがやっていることは福祉サービスの提供であって、KEIPEにとって、障がいのある方はある意味「お客さん」なのですね。設立した時の思いや利用者の思いとは裏腹に、福祉という枠組みの中にいる限り「支援する側」と「支援される側」という溝は埋められない。いや、それどころか、むしろ僕たちがその溝を大きく作っていたということに気づいて、それまでの自分たちの事業のあり方に疑問を感じるようになりました。
これを機に、本当の障がいとは何か、障がいのある方が社会へ出るために本当に必要なことはどんなことなのか、自分たちは何をすべきなのかと、改めて考えるようになったと赤池さん。
「その結果見えてきたのが、『人づくり』と『事業づくり』の大切さでした。そして、みんなで、地域の人が喜んでくれるような仕事、一歩外に出たら『君のおかげでまちが良くなっているよ』と言ってもらえるような仕事をしたいなと思うように。これが、従来の福祉事業と並行して、地域の課題が可能性に変わるようなコンセプトでさまざまな事業にチャレンジをするきっかけになりました」。
積極的なチャレンジが実を結び、社内にいくつもの事業部が確立。
現在、KEIPEではいくつかの事業を展開しています。
一つは、地域商社事業。これは、地域が抱えるさまざまな課題に対し、SDGsやサステナブルといった視点から解決していこうという取り組みです。
「農家さんから、せっかく栽培し収穫しても、さまざまな理由で廃棄せざるを得ない野菜や果物がたくさんあると聞き、どうしたら捨てずに済むかと考えることから始まって、現在は、規格外の果物や野菜をリブランディングしてネットショップで販売するという事業を行っています。また、2024年の9月からは、甲府市役所で生じる使用済みの紙を、廃品回収事業者と協働してトイレットペーパーに再加工し、ふるさと納税の返礼品として出品するという事業も始めました。商品の評判もよく、人気の返礼品となっています。
こうした活動を通して事業者と市場を結ぶことで、地域が潤い、まち全体が持続可能になっていきますし、発送業務をはじめとするいろんな雇用も生まれます。さらに、収益の一部を地域の子ども達にギフトする取り組みも進めています」。
次に「ものづくり事業」。
「要は、まちづくりです。といっても、自治体でやるようなまちづくりとは違って僕らがやれる範囲の小さな規模なのですが。空き店舗や空き家をリノベーションすることで、人の流れが大きく変わるというエリアリノベーションの概念に基づいて、金手界隈で進めています。
2024年3月には、その一角に、古道具や古材を販売する「Cycle」というお店をOPENしました。アメリカのポートランドに、非営利団体が運営する「リビルディングセンター」という建築資材のリサイクルショップがあるんですが、そこは、利益を出すことよりも自分たちのまちをよくすることを目的としていて、就労困難な方やホームレスが、DIYをしたり、寄付を募るなどして集めたものを販売したりすることで、生計を成り立たせるというカルチャーも根付いています。僕たちも、この活動がまちを良くすることにつながったり、この活動を通して社会復帰する人が出てきたりしたらいいよねということで、取り組んでいます」。
▲古道具と古材のお店「Cycle」
▲古いものや捨てられる物にも味や魅力があります。
▲甲府オフィス内にもあるものづくりスペース(右奥)
そして3つ目が飲食事業。「MARLU SOUP」という飲食店を、甲府オフィスの隣で営業しています。
「ここは、『小さな子どもや赤ちゃんがいると、気軽に外食できるお店って少ないよね』というスタッフの発言から始まったお店で、「じぶんを大切にする」がコンセプト。離乳食メニューも提供しています。
障がい者福祉施設は、街の中心部から離れた人目につきにくい場所にあることが多いのですが、僕たちは、障がいのある人たちのことをもっとよく知って欲しいし、そのためにも日常の中で目に触れる機会や触れ合える機会をたくさん作りたいと思っていて、街の中に拠点を置き、オフィスをガラス張りにしたり、一部をレンタルスペースとして貸し出したりしています。でも、実際には、まったく関わりのない人に気軽にオフィスを訪ねてもらうというのは難しい。その点、飲食店なら誰もがふらりと立ち寄って、先入観なく隣のオフィスを見て、「何をやっているんだろう」とか、「いろんな人が仕事をしているね」と、興味を持ってもらえるんじゃないかということで、「MARLU SOUP」には、障がい者福祉施設と外の世界をつなぐ役割も期待しています」。
▲甲府オフィスに隣接する「MARLU SOUP」
▲小さいお子様連れのお客様が多くご来店(左) ほっとするような美味しいスープのお店(右)
障がいのある人も、利用者ではなく社員に。
同じ意識を持ち、共に働く仲間。
さまざまな事業を展開しているKEIPEですが、その中心は、今も、会社を立ち上げるきっかけとなった障がいのある方の支援だと言います。
「甲府市と笛吹市に障がい者就労継続支援A 型事業所を置き、一般企業で働くことが難しい障がいのある方約100名と雇用契約を結んで、KEIPEの社員として、企業から受託した仕事に取り組んでもらっています。
福祉サービスを提供していると、皆さん、福祉サービスを提供してもらう利用者、すなわち“お客さん”だと思って来られるのですが、僕たちは、支援する側、される側という垣根を取っ払いたいので、例えば「電話が鳴ったらみんなで取ろうよ」とか、「お客さんが来たら、みんなで対応しようよ」と、日常の小さなことから意識改革をしていって、今は、利用者もスタッフも全員がKEIPEの社員という意識でやっています。
数年前から社食も始めました。ある利用者さんが亡くなった後で、お昼になるとカップラーメンや菓子パンを食べていた姿が思い出されたことから、会社でもちゃんと栄養の摂れる食事をしてもらおうと思ったのがきっかけです。食事の用意には飲食業界で働くための実践訓練といった側面もあるので、希望者を募り、当番制で担当してもらっています。自分たちで作って同じものを食べることが、社内の一体感を醸成することにもつながっています。
▲甲府オフィス内に設置した調理室(左)当番制で担当して、オフィスでみんなで食べています。
今、社内の組織も変えています。以前は企業から受託した業務のみでしたが、社内にいくつかの事業部ができたので、障がいのある社員も本人の意向に沿う形で配属し、そこで自分の強みや価値を発揮してもらうという方向にどんどんシフトしています。
もちろん、これまでやってきていることを急激に変えることは難しいし、今後いろんな意見も出てくると思うのですが、本来、障がいのある方への「合理的な配慮」と「保護」は全く違うものだと思うので、4年くらいかけて、KEIPEを、障がいに対する配慮や思いやりは持ちながらも、全社員が同じ働く仲間として自分ができることに一生懸命に取り組み、誰かの役に立つ喜びを感じられる企業に変えていきたいと考えています」。
加えてKEIPEでは、より多くの障がいのある方やそのご家族に寄り添い、それぞれの希望に沿った形で支援していきたいと、働くために必要なスキルを身に着けるためのトレーニングをしたり、就職活動や就職後のサポートをしたりする「就労移行支援事業所 KEIPEキャリア」や、障がい児の発達支援や放課後等デイサービスを行う「CLUM」も運営しています。
▲就労移行支援事業所 KEIPEキャリア
▲様々なサポートだけでなく、自習ができるような環境も整えています。( KEIPEキャリア)
▲児童発達支援放課後デイサービス CLUM
▲子供たちはそれぞれ思い思いに過ごします。(CLUMにて)
年齢や性別、障がいの有無に関わらず、誰もがそこに居ていい社会を作るために。
「KEIPEではこれまでに20~30名ほどの方を社会に送り出しているのですが、なかには適応できずに離職してしまう人が少なからずいます。なぜか。もちろん、本人に問題がないとは言えませんが、社会に受け入れる体制がないことも大きな要因だと僕は思うんですね。それで、本当に支援をするのであれば、社会の側にある責任にもアプローチしていくべきだろうということで、いろんなチャレンジをしています」。
赤池さんが今目指しているのは、さまざまな分野で、半数以上を障がいのある人が占めながらも持続可能な事業モデルを作り、増やしていくこと。こうすれば障がいのある人が安心して働き、持てる能力を余すところなく発揮できるんだというスタイルを具現化することで、地域や企業の理解が深まり、本当の意味での社会復帰が可能となる環境が作られていくことを期待しています。
2024年5月、山梨県立美術館に、
県下初のユニバーサルレストラン「COLERE(コレル)」をOPEN!!
「これは変わっていくものだとは思うのですが、現在掲げているビジョンは、『障がいを特別なものにしない社会にしていこう』。誰もが住みやすい社会とは、障がいの有無はもちろん、国籍、ジェンダー、年齢、常識や慣習といったいろんなしがらみに捕らわれることなく、そこで働ける、チャレンジできる社会であり、自分たちでもそうした環境を作っていきたいと考えています」。
その一例として、今年5月には、山梨県立美術館にユニバーサルカフェ&レストラン『COLERE(コレル)』をオープンしました。
「このお店のコンセプトは、誰もが安心して過ごせる場。これまでは、人と関わらないでできる仕事を中心に障がいのある方に紹介してきたのですが、就労支援を通して、実は、お客様と関わるような仕事をしてみたいと思っている人がいることや、見合う能力を持っている人がいることがわかったので、『COLERE(コレル)』では、障がいの有無に関わらず『やってみたい』という人をスタッフとして採用し、しっかりとトレーニングをした上で、接客や会計など不特定多数の人と関わる業務も担当してもらっています。
これはKEIPEにとっても大きなチャレンジ。成功し、障がいのある方も飲食店で働けることが証明できれば、雇用しようという飲食店が増えるのではないかと期待されますし、今回は飲食業ですが、今後他の業界にも同じような形でチャレンジをすることで、障がいのある方、職業選択の幅も活躍の場も広げていきたいとも考えています」と、意気込みます。
▲COLEREオープンに際してのプレス説明会にて
▲山梨県立美術館内、ユニバーサルカフェ&レストラン『COLERE(コレル)』
創業から8年が経ち、新たなフェーズを迎えているKEIPE株式会社。「福祉の課題は、福祉だけをやっていても解決しないということは、これまでの長い歴史の中で証明されていると僕は思っているし、どんどん枠組みを超えて行かないとイノベーションは生まれてこないとも思うので、『脱福祉』を合言葉に、やれることは全部やろうと思っています」と力を込める赤池さん。「誰もがそこにいていい社会」にするためのKEIPEの挑戦は、これからも続いていきます。