甲府駅北口から徒歩10分、落ち着いた住宅街の一角に、ここ3年で2つの発酵に関わる場所が誕生しました。2020年に開業したペルソナブルワリーは、ガラス越しに並ぶタンクでつくられたビールを飲める店。プレオープン中のスプリングワインでは、委託醸造したワインを販売中で、今年秋にはついに街中でのワインづくりが始まります。今回は、「こうふはっこうマルシェ」開催に合わせて、普段から店に行き合う2人が、それぞれの仕事について話しました。
なぜ、ここで?
朝日町にふたつの醸造所ができた理由
高橋添さん(以下、高橋さん):
甲府で起業したのは、たまたま住んでいたからで、気づいたらこういう展開になっていました。起業した2020年当時、すでにクラフトビールは人気でお店を出すには遅いかなとも思ったんです。
でも、私自身が全国各地を旅してそうしてきたように、旅先で地ビールをふらっと飲みに来てほしかった。そう考えたらアクセスしやすいように、駅から近いことが条件のひとつでした。
甲府駅南口はすでに繁華街として成立していて、飲食店初経験の私がやっていける自信がなかったんです。そこで、北口から歩いて行けて、落ち着きもある現在の場所を選びました。
佐野いずみさん(以下、佐野さん):
不特定多数に来てほしいというより、ペルソナブルワリーを目指して来てほしかったのでしょうか。
高橋さん:
そうですね。通りがかりの偶然もいいんですが、酔っ払って「ここにも飲み屋があるぞ」って入店されるのは、私のお店としてはちょっと違うかなって。
佐野さん:
私も、醸造所をつくるなら甲府駅から徒歩で15分以内と決めていました。南口エリアもかなり見て歩いたんですけど、意外なところがネックで。ワインをつくるので、収穫したぶどうをトラックで運んでくる必要がありますが、交通量が多かったり、道が狭かったりとなかなか思うような物件が見つからなかったんです。
それで、たまたま紹介された今の物件の前なら、ぶどうの搬入もスムーズにできる。しかも街並みもきれいで落ち着いていて、私たちの条件にぴったりなところ。いいタイミングで物件に出会えました。
異なる仕事畑から醸造家へ
それぞれの転職への想い
高橋さん:
私は旅先でビールを飲むのが好きで、自分が暮らすまちでも気軽に地ビールを飲めるところがあればいいなって。思うがままに動いて、自分でビールをつくるところから始めちゃったんです。
いずみさんは、なぜワインをつくろうと思ったんですか。
佐野さん:
私もワインを飲むのが大好きで、それに、山梨らしい手段で地域に恩返ししていきたかったんです。
私は生まれも育ちも、進学も就職も全て甲府。超生粋の甲州人なんです。勤続25年を期に仕事をやめて、ワインづくりの道へ。
仕事を通してまちづくりなどにも関わっていたので、思い入れがあるんです。大それていますが、甲府のまちを元気にしたい、新しい魅力的なスポットをつくってみたいと思って一念発起したんです。
安定を捨てるのは覚悟がいりましたが、一度きりの人生ですし、自分の好きなことで一歩踏み出そうと。
高橋さん:
熱い想いがあったんですね。
佐野さん:
当初は、東京のワインスクールに通うくらいの「ワイン好き」。それが、勉強するうちに魅力にはまって、楽しく飲むだけじゃなく仕事にしたい気持ちも芽生えてきたんです。
ワインづくりと切り離せない農業にも興味がありました。ぶどうを栽培する農業も自然のなかでの仕事で、自分に向いている気がしました。今は、北杜市と甲斐市の自社農園でぶどう栽培をしながら、甲州市の機山洋酒工業株式会社で栽培と醸造を学んでいます。
2022年春に初めて機山洋酒さんに委託醸造した自社ワインができて、朝日通りの店でお披露目したんですが、自社醸造所として稼働するのはまだこれからです。
コミュニティを育てながら
他県からの来訪者にもやさしい店へ
佐野さん:
ペルソナブルワリーは2020年のオープンですから、もうすぐ3年が経ちますね。続けてきていかがですか。
高橋さん:
今年の7月で丸3年なのよね。飲食店をやるのもビールをつくるのも、全部が全部初めてのことだったので大変でした。
これまでも人と接する仕事をしてきたけれど、バーの接客は全然違うし、ビール醸造の免許をとってからは、仕込みのスケジュールを考えたり酒税法のことを勉強したり。2年経って、やっと少し落ち着けるかなという気がすることもあるけれど、それでも難しさは感じます。
私が25年くらい前に甲府に引っ越して来たときには、少し疎外感を感じたのね。長く暮らすうちにそんなことは忘れていたんだけれど、お客さんに同じ思いをさせちゃいけないなと思います。
常連さんの中にふらっと入ってくる人や他県からやって来るお客さんが、寂しい思いをするんじゃないかって。そんな人には付かず離れずのいい距離感での接客を心がけています。
高橋さん:
クラフトビールは、お客さん同士がビール1杯で仲良くなるきっかけをつくってくれる。お客さん同士が仲良く飲んでいたり、おいしそうにビールを飲んでいるのを見るのは、すごく嬉しい瞬間ですね。
お客さんの8割は1人でやってきます。でも、みんなビールが好きなのは共通。さらにもうひとつ好きなものが重なれば、それだけで人は仲良くなれる。そんな様子を見ているのも楽しいですよ。
あとは、ビールを飲んだお客さんの反応も大事です。こういう味が好まれるんだな、とか自分の予想とは違うことも結構あるからおもしろいですね。
来春のオープンに向けて準備中
地域に根ざし、外にもひらく店をつくりたい
高橋さん:
スプリングワインは、今はまだプレオープン中なんですよね。
佐野さん:
はい。来年2024年春に醸造所とショップ、飲食店をオープンする予定で、自社での醸造はこの年の秋からとなります。
朝日通りの店に販売店を設けているので、あと1年ほどは繁忙期以外の土日にプレオープンというかたちで、委託醸造した私たちのワインを飲んでいただく機会にする予定です。
私も添さんと一緒で、初めての経験ばかり。ワインを販売する免許を取って、8割は酒販店さんに卸しをしています。そのほかにも飲食店さんなどともお付き合いが始まり、自分たちのお店で接客するようになり……。
朝日通り商店街で年3回お祭りがあるんですが、去年はグラスワインを販売したんです。それをきっかけにまた足を運んでくれる人がいて、ありがたい機会だったなと思います。
佐野さん:
まず、私たちを知ってもらうことがとても大切だと思ってるので、商店街主催の地元住民さんが多いお祭りは最適です。
一方で、今年のお正月には、たまたま観光で散歩していた人が通りかかったので試飲を勧めたらお土産にもしてくださって。こういうお客さんが少しずつ増えている手応えもあって、それも嬉しいですね。
観光でいらっしゃる方にも来てもらいたいし、地元の人たちが気軽にワインを楽しめるお店も目指している。両輪でやっていきたいですね。
高橋さん:
ペルソナブルワリーは朝日通り商店街連盟には入っていなかったんだけど、いずみさんが働きかけてくれて朝日通り商店街連盟に入ったんです。だからお祭りにも去年初めて参加。2つのお店をはしごしてくれる人もいましたね。
佐野さん:
他にもシードルを楽しめる店があったり、最近ビヤホールやワインバーもオープンして、甲府駅北口も最近いろいろ盛り上がってきているのが嬉しいです。
始めるより、続ける方が大変だから
着実に毎日を重ねていく
高橋さん:
私は、起業しよう、お店をやろうと意気込んで生きてきたわけじゃないのに、気づいたらお店をやっている感じなんです。お客さんが楽しんでくれるのは喜びだけど、大変なことも多い。でも、結婚より離婚の方が大変って言ったりするじゃない?
事業も同じだと思っていて、辞めるって大変なこと。店を片付けるにはどのくらいの手間やお金がかかるのかを考えながらやっていて、常にいい状態にしていれば誰かが引き継いでくれるかもしれないと思えば、希望があります。
佐野さん:
辞め時を考えるのは、ネガティブなことばかりじゃないですよね。私も事業を継続するためには、終わりも考えることは大切だと思います。
添さんは、近い将来の目標はあるんですか。
高橋さん:
今は仕込める量が限られているので、当店以外だと、すごく限定された酒屋さんかバーでしかペルソナのビールは飲めないんです。ですから、少し大きな醸造用タンクを買って、より多くの人にビールを楽しんでいただけるようにしたい気持ちはあります。
初めて醸造用タンクを買う時は、中国まで1人で買い付けに行ってタンクを買ってきたんです。でも、実際に自分でビールをつくるようになって「もうちょっとこうだったらいいな」という部分もありますから。そのためには、頑張って稼いでいきたいですね。
佐野さん:
人生100年時代といいますけど、私も折り返しに近づいて、残りの人生をかけて起業をしているんですよね。続けるためには体が資本ですし、気持ちも強く持っておかなくちゃいけない。
いろんなご縁があって、惜しみなく技術や経験を教えてくれる方たちにも恵まれた。おいしいワインをつくって、その方たちにも恩返しがしたいです。そして、やはり最終的には生まれ育った甲府のまちにも恩返ししていきたい想いがあります。
自分の利益というよりも、社会に還元していきたい。「自分の儲け一番」という会社は淘汰されて、志のある会社が世の中には残っていくのだと思います。
特に今の時代は、社会課題へアプローチしていくような考えが求められるはず。私も山梨ならではの産業で地域に貢献していくことが目標です。一方で、自分がつくったワインを飲んで笑顔になってくれる人がいたら、私も幸せ。「みんなの笑顔が見たい」。仕事を続けていくモチベーションは、すごくシンプルですね。
文:小野民 写真:西希