「フルーツ王国」とも言われる山梨県。モモやブドウなどの果物の他にも多くの農産物・特産物が生産されています。
豊かな農産物を生み出す地で、県民の食を支えているのが甲府地方卸売市場です。
今回は甲府卸売市場で農産物を取り扱っている甲州青果市場の鶴田元德さんにお話を伺いました。
山梨県民の食を支えて71年
「昭和24年、甲府市柳町に私の曽祖父が青果卸売市場を設立したのが始まりです。今年で創業71年を迎えました。」
と4代目の元德さん。 昭和47年には現在の所在地甲府市国母に移転しました。
「当時開設された中央卸売市場に入場したのです。平成23年、中央卸売市場から地方卸売市場に転換後もここで卸売業を営んでいます。」
中央卸売市場から地方卸売市場への転換で変わったことはありましたか?
「一言でいえば、規制が緩和されたことですね。例えば中央卸売市場では、扱える商品の品目が決まっていてそれ以外の商品は扱えませんでした。しかし、地方卸売市場ではそういった規制が緩和され、扱える商品が格段に増えました。」
時代の変化 市場の低迷
現在、甲府地方卸売市場に限らず、全国的にも卸売市場の取扱量や取扱金額は年々下降しています。
「取扱量・売上ともにピークはバブルの時代、平成3年頃でした。
核家族化や単身世帯の増加による消費量の減少、市場を通さない直接流通の拡大という流れが原因とも言われていますが、私は市場全体が時代の流れについていけなくなったことが一番の大きな原因ではないかと思っています。」
「『市場』という昔から変わらない仕事の枠組みの中で働いていると、徐々にマーケットのサイズが縮小していることにあまり危機感を持てなかったのかもしれません。
目の前の仕事やお客様を大切にすることは、どんなビジネスでも基本だと思います。
しかし、現状に甘んじて将来のビジョンを描けなかったことも低迷の原因ではないかと感じています。」
▲〇に甲のマークは甲州青果市場の印
自分たちが変わらなければ、この先何も変わらない
甲州青果市場に入社する以前は金融関係の仕事に就いていたという元德さん。
「当時は仕事も順調でしたし、特に不満があったわけでもありません。しかし30歳を過ぎたころに、ふとこのままでいいのかとこれからの人生を考えるようになりました。」
そんな時、家業が長い間低迷しているという現実を目の当たりにします。
「このまま家業を終わらせてしまってよいのか。家業のためにできることがあるのではないか。自分の力で目の前の景色を変えられるのではないかと思ったのです。」
元德さんは、すぐに行動に移しました。金融の仕事を辞め、青果市場や卸売の知識を身に着けるため、東京の卸売市場で働き始めました。その中で、このままではいけないという思いを強くしました。
「市場という枠組みの中だけにいると、消費者のニーズの変化や市場というマーケットのサイズが縮小している現実に危機感を持ちにくくなっていきます。
旧態依然としたやり方を続けていては、時代のスピードに付いていけなくなるのは当然のことです。市場が縮小している現実を受け止め、自分たちが変わらなければ、この先何も変わらないのです。」
そんな想いを胸に、甲州青果市場に入社しました。
変化の原動力
「甲府卸売市場でも少しずつ、電子化や合理化など進められてきました。弊社もこの5年間は売上も持ち直してきています。」
変化の原動力となったものはあるのでしょうか?
「ひとつに社員の若返りがあります。若い社員から消費者目線で考えることの大切さを教えてもらいました。」
と元德さん。
「青果の卸売という仕事は、スーパーや小売業者の方との取引がメインです。商品を大量に取引する業者目線では、ダンボールや大きいコンテナ単位での販売になんの違和感も覚えませんでした。」
そんなある日、若手社員から何気ない言葉を投げかけられました。
「テープで縛った白菜2玉を並べていた時です。若手社員から『一般の消費者が、この量の白菜を買うことってないですよね』と言われたのです。」
元德さんは、はっとしました。
「私たちには、エンドユーザーである消費者の嗜好やニーズが見えていそうで、見えていなかったのだと思います。スーパーや小売店でも個人が手に取りやすい少量サイズや簡単に調理できるように加工された商品の販売が進んでいることに気づきました。」
時代に合った商品の販売が必要
「農産物の販売だけでは、どこかで行き詰まるとは考えていました。その打開策を考えあぐねていたのです。」
若手社員の言葉で気づいた消費者目線でのビジネスに可能性を感じたといいます。
「簡単に食べれるカット野菜など加工品への取り組み、コンビニを利用するお客様をターゲットにした野菜果物の販売も始めました。」
そして、消費者のニーズの変化に合わせ、食品の個包などのパッケージを行うマル甲商株式会社を立ち上げました。
「現在は、販売する商品アイテムの拡充を図っています。今後、簡単便利な商品はもちろん、健康を意識した商品づくりや販売がより求められるようになると思います。真剣に考えていかなければならないと考えています。」
市場の役割とは?
時代によって変わるものもあれば変わらないものもあります。次に市場という枠組みの中で、苦労されていることについて伺いました。
「まずは私たちが扱っている商品は、電化製品や洋服とかと違って、長い間展示できない、在庫にできないものです。しかも毎日出荷されます。」
「次に市場のルールの中で、無条件委託という言葉があるのですが、生産者・農協から来たものについては、無条件で受けなさいというものです。」
例えば、マーケットの需要が10しかないのに、供給が100ある場合でも、市場はそれを売りこなさなければならないというのが、無条件委託になります。どう考えても難しい問題です。
「ただ、市場はこの無条件委託をする代わりに価格調整機能を持つことができます。これが市場に与えられた使命なのです。」
この価格調整機能を使って、仮に需要が10、供給が100であっても、価格という武器を使って、価格を下げることで需要を膨らませることができるのです。時には逆の場合もあります。需要が100あって、供給が10しかないときには価格を上げて需要を縮小させるようにします。
「一般の方からすると、そんな値段では売れないよと言われるんですが、売れなくさせるためにその値段にさせるんです。1週間後、2週間後に完全に商品がなくなってしまうなと思ったら、注文を止めないとならない。
「市場は単純に、荷物を集めてみなさまに供給するというのが、シンプルなビジネスモデルなのですが、もう一つの側面として市場は、このマーケットに対する価格形成や価格調整機能を利用してバランスを保っているのです。」
市場がないと、生産者もいくらで売っていいのかわからない、逆に消費者も商品が高いのか安いのかわからないということになり、混乱に陥ってしまうことになります。それでは価格調整の具体的な方法とはどのようなものなのでしょうか?
「基本的には、市場に各競り人、営業担当がいて、その営業担当が担当品目を持っているのです。
担当品目を持っている人間の一任で価格を決めます。これが前提です。」
ただ昔と違って、現代は非常に情報が豊富、物流も発達しているので、当然競り人は、自分の一存だけでは決められないようになってきているそうです。もちろん他の市場の状況であったりとか、産地の出荷状況を加味しながら、最終的には、競り人の感覚と経験の中で値段を決めていきます。
「競り人の日々の情報収集と経験の中から相場を決めていくという形です。」
そこには決められた計算式はないのです。
市場不要論?
このような市場に対して、かなり昔から市場不要論というものがありました。即ち市場がなければ中間マージンが発生せず消費者はより安く商品を手に入れることができるということです。
ただそういう意見があっても市場が無くなる未来は見えてこないのが現状です。
なぜ市場が必要なのか?
「まずは多品目の野菜が集まるところであるということです。一品一品買い付けていてはそれだけで大変な手間暇がかかります。次にある作物に対して1つの産地が天候不順や災害でダメになったときに、他の産地で代替できるということが市場はできます。つまり市場はリスクをヘッジできる機能を持っているということです。」
このようなリスクヘッジの他、産地リレーという概念もあります。都市部に年間を通して安定して農作物を供給するための仕組みです。
「市場の地域に対してのどのような役割をしているかということを、キャッチ―な形で、分かりやすく伝えていかなければならない。市場は成長産業ではない。その中でどうやって予算を割いてプロモーションのところにエネルギーを注げるか、大きな課題だと思います。」
甲府市地方卸売市場の特徴
このような市場の仕組みの中で、甲府市地方卸売市場はどのような特徴を持っているのでしょうか?
「競りですね。東京の市場などは、ほとんど競りは行っていません。大田市場などの競りがメディアに取り上げられていたりしますが、半分はデモンストレーションです。競りで荷を動かしていることはないです。この「競り」があるのが地方卸売市場ならではの特徴なのです。」
競りとはオープンな方式で仲卸業者や売買参加者などのより多くの買い手に競争で値をつけさせ、最高の値をつけた人に販売する取引方法のことです。これを仲介する人を競り人と言います。
この競り人を育てるのは市場の卸売業者としての重要な役割です。
「一人前になるためには、値段を決めるという判断力も必要ですし、何よりも商品の事についてよくわかっていないといけないのです。」
例えばトマトでも、夏に出荷されるトマトはどこで、冬に出るトマトはどこでというだけでなく、トマトだけでも何百種類とあって、全体を把握するには、1年以上はかかるとのこと。
ただ、そこまで難しいわけではないそうです。
「普段自分たちが口にしているものなので、それなりの関心を持っていれば、大体1年たてば、それなりの営業マン、競り人としてはやっていただけるのかなと思っています。」
ここでも市場という狭い中ではなく、世の中を見渡せる広い視野を持ち続けることが重要なのかもしれません。
▲甲府地方卸売市場での競り。多くの買い手が集います。
地産地消 県産野菜の県内需要が多い。
甲府地方卸売市場で扱っている農作物にはどのようなものが多いのか。
「地元のものを消費したいというニーズが多いですね。里芋ではなくて、八幡芋が食べたいとか。
八幡芋であったり、大塚ニンジンなど、名産品は根強い人気があります。」
その他にはどのような傾向があるのでしょうか。
「夏場は果樹が多いこと、シャインマスカットなどのブドウ類、モモ類、甲府の特徴。
野菜で出荷量の多いのは、一番はトウモロコシ、追ってトマト、キュウリ、ナスなど。
山梨のモロコシは夏前に起きる「はやてのモロコシ」で収穫は6.7月。山梨だけではなく、東京など県外でも非常に人気のある品目になっています。」
トウモロコシの産地リレーは非常にうまくつながっていて、山梨からの出荷が6・7月に終わってしまうと今度は千葉や群馬に移り、8月になると東北や北海道となります。
▲県産野菜、中央市産のトマト(写真左)と八幡芋(写真右)
▲県産のナス(写真左)にもちろん桃も(写真右)
海外への山梨県産果実の出荷の現状はどうなっているのでしょうか?
「山梨県産の果樹については、アジア圏で大変人気があります。そのトレンドは今後も続くのであろうと考えています。
数年間は非常に活発で、特に香港、台湾、中国などアジア圏へのモモ・シャインマスカットの輸出が活発になっていますね。」
生産者が東京の市場や商社に持っていっている分は全部海外に輸出されているのではないかとのこと。
甲府卸売市場の場合には、香港などアジア圏から買い付けにくる場合が多い。契約書を結んで、値段を決めて商談を行う場合もあるそうです。
「海外への輸出については機会があれば、ビジネスチャンスとして逃したくないなと思っています。山梨県という枠を超えていかないと、これからはなかなか厳しい。枠を超えて、ものを供給する。山梨の人口は、結局頭打ちで、人数が増えていかない以上は、いずれは限界がきてしまうのではないでしょうか。次の一手を考えると、海外輸出など積極的に検討していかなければならないと思っています。」
海外輸出の壁はどこにあると考えているのか。
「業界全体として、英語を話せる人が少ないということ。契約書において、返品であったりとか、輸送方法などクリアしておかないと、変なところでボタンの掛け違いが起こってしまう。そして、青果の場合は特に日持ちがしない。もたないことをどのようにクリアしてくかが課題です。」
▲立派なシャインマスカットと巨峰
これからの甲州青果市場と甲府地方卸売市場について
海外輸出についての考えを聞いたが、これからの甲州青果市場と甲府地方卸売市場について どのように考えているのか伺った。
「まずは生産者・消費者・小売業者の三方の満足を追求していくことですね。」
やはり山梨県にある市場なので、地域に密着した形で、生産者であったり、消費者であったり、満足のいく荷物の集荷販売を行って、まずは県内の生産者・消費者・小売業者の満足を追求していくことが大前提にあると考えているとのこと。
「ここをおろそかにしてはそれ以上の事業の拡大はないと考えています。
その上で、市場の自助努力として市場がどういうものなのかを一般消費者に知ってもらう努力は絶え間なくしていかなければいけないです。」
その一環として、年に4回、一般の方へ向けて市場を開放して、「市場開放さかなっぱ市」や「消費者感謝デー」を開催してきました。
マグロ1本や高級メロンなどたくさんの賞品が当たるお楽しみ抽選会、バナナのたたき売り、野菜釣り、マグロの解体・試食、イカ焼き・焼きとり・焼きそばなど、消費者の皆さんへの感謝の気持ちと、より市場について知ってもらうためにです。
「小学生とか幼稚園児が市場に見学に来るのですが、その見学の中で我々の仕事であったり、野菜果物の知識の普及の説明を行っていく中で、我々もいろいろなヒントであったり、答えを見つけられています。
その点でも常に市場という目線で仕事をしていると、末端の消費者が何を考えているか、分からなくなってしまうし、今までそれをやってこなかったから今の状態になってしまったと思っています。
これからも市場として、消費者に謙虚に向き合っていかなければならないですね。」
地域の中で、生産者・消費者・小売業者の三者だけでなく、行政の理解を得ながら、これからどのように飛躍していくのか、刻一刻と時代が変わる中で、甲州青果市場の挑戦は続いていきます。
甲州青果市場に出荷しているレタス農家について
甲州青果市場に出荷しているレタス農家について取材しました。場所は北杜市高根町の浅川さんのレタス畑。ここでのレタスは深夜3時頃から収穫がはじまる「朝採れレタス」です。日中光合成によって作られるデンプンは夜中に糖に変わります。その状態のまま夜明け前の薄暗い早朝に収穫し出荷するため、レタスの味に甘さがあると言われています。毎朝、畑を投光器で照らしながらの収穫は大変な作業です。こうして収穫されたレタスが甲府地方卸売市場に運ばれて、流通していきます。
▲深夜3時、照明に照らされたレタス畑、1列に並んで収穫を進めていきます。
▲一つずつ丁寧に収穫。レタスの切り口の変色を防ぐため、使うのはステンレス製の包丁。
▲収穫する人、運ぶ人と手分けしながら、作業は進んでいきます。
▲収穫する畑を変えながら、作業は続きます。
▲収穫されたレタスは巨大なトラクターで運ばれていきます。
▲明るくなる様子を眺めながら束の間の休憩。そしてまた収穫。
▲収穫は朝の6時頃まで続きます。
▲トラクターが行き来し、集められたレタスは出荷されていきます。
▲こうして出荷されたレタスは甲府地方卸売市場に並びます。