山梨県内で唯一の公設市場である、甲府市地方卸売市場。その中で水産物部の卸売部門を担当する会社のひとつが、山梨中央水産株式会社です。設立から約50年、甲府の地から山梨県全体の食文化と流通に携わってきたその歴史と想いを、代表取締役社長である仙洞田寿さんに伺いました。
山梨唯一の地方卸売市場、その歴史とともに歩む
甲府市地方卸売市場が開設されたのは、昭和48年。国に認可された中央卸売市場として、生鮮食料品を公正に、そして衛生的に取引し流通させるための拠点としてスタートしました。平成23年からは地方卸売市場に転換し、運営されています。
「甲府にはもともと魚市場がありまして、そこが魚町と呼ばれていました。公設市場が設置される際に、その魚町にあった水産業を営む11社が合併して山梨中央水産株式会社が設立されたのです。」と仙洞田さん。
▲現在、甲府市中央2丁目〜5丁目にあたる場所は甲府市魚町と呼ばれ、山梨を代表する海産物の取引の中心地でした。もとは、甲府城築城による城下町造営によるものとされ、武田氏時代に魚の市を立てたところであったことを由来にこの場所が選ばれたとされています。明治時代には魚市場が立てられ魚やが軒を連ね、当時は人で混雑した町でした。
仙洞田さんの父親がその11社の中の1社を営んでいたこともあり、市場開設当時から業界との関わりは深かったそうですが、自身は「本当はこの仕事に携わるつもりはなかった」と笑います。
「大学を出てからさらに税理士の学校に1年通って。いろいろあって戻ってきたあと、アルバイトとしてこの会社に入りました。最初は乗り気じゃなかったのですが、働いているうちに、流通業は面白いかもしれないと感じ始めました。山梨には海がなく、魚の量も限られている。だからこそ、やりようによってはもっと伸びるのではないか、と考えたわけです。」
現在、仙洞田さんは7代目の社長として活躍されています。
アルバイトとして入社されたころの会社の売り上げは30〜40億円ほどだったそうですが、その後約7年で100億円を突破。その後バブル期の景況では150億円弱まで売上は拡大しました。
その成長を内側から支えてきた立場から、社長就任もさまざまな先進的な取り組みを取り入れてきたそうです。
▲甲府市地方卸売市場の山梨中央水産(写真左) 山梨中央水産のオフィス内(写真右)
古いしきたりを変えろ! 先進的な取り組みで借金がゼロに
「私が社長に就任したのは平成16年ですが、その時代はすでに不景気に突入していて我が社にもたくさんの借金がありました。その借金を返すことが、まず私が社長として手をつけた仕事ですね。最終的には6年で返し終わりました。会社設立から成長を続けてきて、その後状況は変わっているのに、古いしきたりだけが残ったままだったのです。」
漁業者や生産業者などの荷主から一括して買い取り、在庫として扱う「預かり」という仕組みを辞め、「産地買い」という漁港であがる魚をまとめて買い取るそれまでの仕組みを辞めるなど、古いしきたりを変えていった結果、純利益は倍増したのだそうです。
「適材適所の食材を仕入れて売ることで、利便性が上がると判断した結果が功を奏しました。世の中には先進的な取り組みも、考え方がたくさんありますから、それに早く気づいて早く受け入れていくことが、進歩ということだと思うのです。」
▲取扱商品はマグロの太物からイワシ・サバ・サンマなどの青物、赤メバル、アンコウなどの近海物、サザエやタコ、カニ、そして冷凍品、塩干品や食品まであります。
その他にも、仙洞田さんは世間に先んじて数々の試みを取り入れてきました。
今では当たり前に行われている靴の履き替え。昔は通勤も仕事も、トイレに行くときも常に同じ長靴で過ごしていた市場で、衛生面を考慮し履き替えをルール化したのも山梨では最初なのだとか。
さらには受注発注業務をはじめ、品質管理や在庫管理などにいち早くシステムを導入し、合理的に利益を上げていく仕組みを整えていきました。
「食品を扱っている、生の物を扱っているという意識を含め、社員一人ひとり自分のやっている仕事の立ち位置、本質を理解した上で、何をしなきゃならないかを考えることができる組織でありたいのです。流通業は単純作業ですが、その中で食品は一番難しいと感じます。簡単にできるだけに軽んじられがちですが、責任はうんと重い。」そう語る仙洞田さん。
時代の先を読むその鋭い感覚が、市場だけでなく、山梨全体の水産流通のスタンダードを作っていったのかもしれません。
▲取材当日は80本の冷凍マグロが並びました。次々にセリにかけられ、セリ落とされていきます。
今後を担う人材に求めるものは“努力できる人”であること
自身の社歴はアルバイトからのスタートという仙洞田さんですが、人材の育成についてはどのようにお考えなのでしょうか?
「我が社は部長も係長も関係なく、実力で評価します。ボーナスも出来高払いです。私と同じようにアルバイトで入った社員が、6年目で部長をやっています。まだ32歳か33歳くらいですけどね。学歴は関係ありません。立派な学歴よりも、学問に対しての興味と、必要なものは吸収するという熱意があることを重視して人材を育てています。能力の有無ではなく、努力ができること。それはすなわち健康である、そして明白に商品の説明ができる状況をいつも作っていく、自分自身が納得したものを売っていく、そういうことができる人材に育成していくことが大切ということです。」
「あいつが一番いい例ですよ。ああいう人間が会社を伸ばしていってくれると確信しています。」
たくさんの人に助けてもらってここまで来たと話す仙洞田さん。だからこそ、やるべきことは早く取り入れ、これからも進歩を続けて行かなければならないと、気を引き締めます。
常に食品を扱っているという意識を持ちつつ、仕事の本質を理解して今やるべきことは何なのかを自ら考えて行動できる人材が、これからの会社、ひいては山梨の水産業全体が成長し、進化していくために欠かせない人材となるのだと感じました。
▲働く社員の皆さん。顧客と円滑なコミュニケーションをとっている姿が印象的でした。
なぜ寡占化する? 水産業界に起きていること
今後の成長のために盤石の体制が整っているように思えますが、現状の課題や問題点などはないのでしょうか?
「経済的なものを含めて、水産業界は寡占化されてきていることは否めません。経済の問題もありますが、和食が無形文化遺産に登録されて世界的なブームになったことも影響しています。世界中で寿司の材料として魚が必要とされはじめたことで、どうしても大きなところが取引を占めていくのは避けられない状況です。それにともなって、我が社のような卸売会社の仕事も当然減ってきています。もっと言えば、魚を扱う業者はだんだん疲弊していくと思います。」
甲府市地方卸売市場の水産物部は、荷受と呼ばれる指定の卸売業者2社と仲卸業者で構成されていますが、現在、16社あるはずの仲卸業者の数が8社にまで減少しているのだそうです。
水産業を取り巻く状況は厳しさを増しているようですが、そんな中に光明が差しています。
「これから先、うちの市場でもそうですが売り上げの7割を占めていくのは養殖魚です。そのような状況の中、山梨県の水産技術センターが新種の開発に成功しました。マスノスケというキングサーモンとニジマスを交配してできたこの魚は、富士の介と名付けられて山梨発のブランド魚として注目を集めています。私も非常に期待している取り組みです。」
山梨発のブランド魚で和食時代に挑む!
海のない山梨県に特産の魚を、と開発された富士の介。平成28年に水産庁から養殖の承認を得たことで一気に流通が現実味を帯び、2019年10月には初出荷されるなど水産関係者だけでなく、消費者の期待も高まっています。
▲山梨県水産技術センターが開発した山梨県のオリジナルのブランド魚「富士の介」キングサーモンとニジマスを交配してできました。きめ細やかな身質、ほどよくのった上質な脂、豊かなうま味が特徴です。
仙洞田さんが、
「富士の介は、山梨で確固たる地位を占めるであろうと予測している食材です。ブランド魚としてだけでなく、タンパク源として、食材の中でも富士の介には注目しているのです。」
と語るように、富士の介はとても栄養に富んでいます。さらには、とても強い抗体を持つため養殖の過程で抗生物質を使わずに済み、安全性の面でもとても優秀なのだそうです。3年の養殖期間で全長約70センチ、重さ3キロほどに成長するとのことで、海のない県に素晴らしい経済効果をもたらしてくれる特産物として、大変な注目を集めています。
▲富士山の麓、富士吉田市に「富士の介」の養鱒場(ようそんじょう)はあります。富士の湧水かけ流しで育てられています。
▲この日は出荷の日、「富士の介」はトラックに移され甲府地方卸売市場の山梨中央水産まで運ばれます。社員によって鮮度を保つ処理を行って全国各地へ出荷します。
「当社においても富士の介は定期的に販売をしています。富士という名の通り、山梨から世界に誇るブランド魚に育つと考えていますし、単なる養殖魚としてではなく、アジア圏に貢献できる新たな食材として展開できるはずです。我が社も、その未来を実現するために尽力していきたいと思っています。」
今後の展望について
厳しい景況ながらも、新しい取り組みを通じて明るい未来を見据えている仙洞田さん。
最後に、山梨中央水産株式会社の今後についての展望をお伺いしました。
「市場は流通の起点です。その流通の合理性を高める中で、個々に流通に関わる一部として、競合性をはかりながら利益を上げていく。さらには社会的な地位も上げていくということで、会社も良くなりますし、それ以上に良い社員が育つことにもつながります。そういう観点で仕事に取り組んでいくということが大事だと思います。
海洋の魚が少なくなっていく中、行政とともに富士の介を含めた養殖魚というものにも力を入れていきながら、海のない県からでも新種の魚を皆さまに提供できるということを糧に、今後も努力していきたいと思います。
そして、生産者や産地とともに、魚だけにとらわれない、信用のある、安心できる商品を届けられるような資質のある流通機関に育てていきたいと思っています。」