「人口減少による労働力不足」
近年、よく耳にするこの言葉。山梨県だけではなく、日本全体が抱える問題となっています。
その中でもより深刻な状況になっているのが、製造業の現場だといわれています。
人材不足、低コストな新興国の台頭、技術の伝承…様々な課題を抱える製造業の問題解決や生産改善を支援するサイト「ものづくり.com」を甲府市で運営している(株)産業革新研究所の熊坂治社長にお話を伺いました。
ものづくり.comとは
日本最大級のサイトに成長
サイトを立ち上げてから7年半。『ものづくり.com』は累計利用者数が350万人を超え、会員も1万8千人に。製造業の問題解決に特化した日本最大級のサイトに成長しました。
しかし、熊坂さんはまだまだ成長途中だといいます。
「ネットワークの外部性※といいますが、会員数が10万人を超えれば、利便性が現状の5倍になるという訳ではないのです。ITの世界では、2乗の広がり、利便性は25倍くらい向上します。会員が増えることによって、みなさんに還元できる情報も増えるのです。」
例えば、サイト内コンテンツのQ&A。利用者が増えることで、質問と回答の数も増え、更に他の利用者の質問を促す効果も生まれるといいます。
※ネットワークの外部性:同じ製品・サービスを消費する個人の数が増えれば増えるほど、その製品・サービスから得られる便益が増加する現象。
▲「ものづくり.com」サイトには、製造業に関する最新情報やキーワード、セミナーの検索など、利用者の疑問・要望に応えるコンテンツを提供している。
ネットとコンサルティングの特性を両輪に
「ネットは広く浅く、情報を拡散させるのに、非常に効率が良い媒体です。しかし、コンサルティングでは広く浅い知識だけではなく、深い知識が必要なのです。」
「ものづくり.comでは、広く浅くいろいろな方に知って知ってもらう機会と、個別対応もできることで必要な方にじっくり分かってもらう機会を両立している点が強みだと思います。」
ものづくり.comでは、各種セミナーや交流会の開催など、「リアルな」コミュニケーションの機会も提供しています。
多様な専門家が情報を発信
サイトに登録している専門家は140名に上ります。
製造業の専門家を100名以上集めるのは、難しかったのではないでしょうか?
「専門家の登録には、登録料がかかります。それでも登録してくださるのは、ものづくり.comのようなノウハウを持つ専門家と課題や問題を抱えている技術者・企業を繋げる機会や媒体がほかにないからだと思います。」
コンテンツの量と質の向上
現在、4,000点以上の記事が掲載され、日々追加・更新されています。
「記事をつくっても、検索して上位に表示されないと読んでもらえません。コンテンツ記事の質も重要ですが、いかに上位に表示させるかということも同様に大切なのです。
ここにもネットワークの外部性が働いています。会員が多いと登録しようと考える専門家も集まってきます。専門家が多いとコンテンツ記事が増える、そしてサイトへのアクセスも増えてくる。すべて連動しています。
ネットの世界では、そのサイクルを如何にしてスピードアップしていくかが重要になってきます。」
2019年には、東京のIT企業グループに参画しました。
「参画することによって、資金的にも人材的にも充実が図られるので、より早く目標に到達できるのではないかと思っています。それにより私たちの「ものづくり.com」をプラットフォームとして、いろいろな面白いことができると考えています。」
製造業にこそITの力が必要
製造業はレガシー産業といわれることがあります。
「製造業にITを組み入れることによって、まだまだ発展できる余地はいっぱいあると思っています。
労働人口が減少していく中で、例えば100人で年間100万個の製品を作る企業が、50人で同数の製品を生産しなければならなくなる場合も起こりえる。人数が半減したら、残業して製品を作るのか?生産数を減らすのか?それでは企業は立ち行かなくなってしまいます。
しかし、ITの力を利用することで、50人でも100万個、それ以上の生産性を上げることも可能にできる。また効率化によって生まれた時間で、新しいアイデアが生まれるかもしれない。ワーク・ライフバランスといわれていますが、その空いた時間で、生活を充実させることもできます。」
ITによる効率化が、人の営みを豊かにし、可能性を広げていくーそれが技術の力だと熊坂さんは言います。
「わたしがこのものづくり.comを考えたのは、生産性をあげ、利益を生むことも重要ですが、製造業で働く人たちの生活を向上させたいという想いがあったからです。
生活が立ち行かなくなるような仕事だと続かないですよ。幸せとか生きがいを感じながら、仕事を続けられる環境にしておかないと、人も集まらないし、離職率も下がらないでしょう。」
サイトが成長した理由
1.埋もれているノウハウを必要とする人に届ける
製造の世界には、まだまだ埋もれている技術や知的情報があると熊坂さん。
「今、日の目を見ている製造業のノウハウや知識、経験というものは、氷山の一角です。99.9%のそういった知的情報は、共有されずに埋もれています。」
「ものづくり.comが成長できたのは、埋もれている知的情報をネットで公開することで可視化し、必要としている人に提供する場となるように尽力したからだと思います。」
2.専門家と技術者がWin-Winの関係に ー潜在する需要と供給を可視化し、結びつける場にー
「私自身が技術系のコンサルタントだったので分かるのですが、知識・経験をたくさん持っている専門家は多いのです。ただそれをどのように必要とする人にアピールしていくか、持っている知識・経験をどのように仕事に結びつけていくかという点が得意でない方も多い。
そんな方々がこのサイトで情報を発信することで、仕事を見つけてほしいという思いもあります。なかなか仕事に繋げるのは難しいですが、彼らのプレゼンスを上げるという意味では、まちがいなく『ものづくり.com』は役に立っていると確信しています。」
技術者や企業には、『改善解決しなければならない課題はあるが、どうやって取り組んでいけばよいのか分からない』という方もいるといいます。
「専門家が持っている知識や経験を使いたい方やそれがないために困っている方はたくさんいるわけです。
このサイトで発信した専門家の知識や経験の情報が、困っている方々に届き、利用していただくことで、専門家も技術者もWin-Winの関係を築けると思います。」
難しいからこそ価値がある
長年、大手AV会社にエンジニアとして勤務していた熊坂さん。
在職中に技術士※資格を取得、退職後には大学院に入学し、工学博士、技術経営修士の資格を取得しました。
熊坂さんのように技術士・工学博士・技術経営修士という3つの資格を取得した人は全国でも数人といいます。
「エンジニアとして働いた経験と知識、経営として成り立つかどうかを見極めることができるからこそ、この事業に繋がったと思います。」
※技術士:国家資格。合格すると、科学技術に関する高度な知識、応用能力および高い技術者倫理を備えていることが認定される。
▲山梨学院大学で客員教授として授業を行う熊坂さん。自身の経験や知識を後進に伝える。
できないことをできるようにするのが技術の仕事
「ずっとエンジニアという道を歩んできたのは、やはり純粋に技術が好きだからだと思います。この技術は何に使えるのだろうか、この技術はだれに頼んだらうまくやれるのか、この技術とこの技術を掛け合わせて何ができるのか、好きだからこそ考え続けられる。そしてやはり、今できないことをできるようにするのが技術の仕事だと信じているからでしょう。」
「ありがとう」を糧に
「私たちのサイトは、難しいからこそ、今まで残ってこれたと思います。簡単だったら、競合する他社も増えますし、資本を多く持っている企業がどうしても勝ってしまう。」
しかし、生き残ってこれたのは、それだけではないといいます。
「やはり、利用者の方からの『ありがとう』とか『これいいよね』という言葉をいただけることが励みになっていますね。」
今後の展望
地方ベンチャーとしてのこだわり
「地域を盛り上げるには、1社だけだと成り立ちません。
何社かできて『ここにくると面白いことがある』というエリアになれば、また人や企業が集まってきます。
集まることによって、様々なノウハウを共有し、更によくなるようなエリアになっていけばいいなと思います。
ITベンチャーにとって地方が不利な面もありますが、できない事はないと思っています。
ここでどこまでできるか挑戦していきたいですね。」
困ったときに一番最初に思い出してもらえるサイトに
「製造業に従事している方に『困ったときは、ものづくり.com』と、一番最初に思い出してもらえるようなサイトにしていきたいですね。」
取材を通して、熊坂さんの確固たる信念と共に、「人と技術」「技術と技術」「人と人」「知識と知識」など組み合わせによって生じる無限の化学反応に魅せられた生き様を感じました。
時代の早い流れに流されず、これからも日々進化を遂げる「ものづくり.com」にこれからも注目していきたいと思います。
産業革新研究所が「甲府市子育て応援優良事業者」として表彰されました
【追記】2020/01/10
2020年1月10日、産業革新研究所が「甲府市子育て応援優良事業者」として、表彰されました。
「甲府市子育て応援優良事業者」とは、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて、子育てしやすい職場環境づくりに積極的に取り組む事業者のことです。
表彰理由
子育てのライフスタイルに合わせた働き方の実施
残業をしない体制や1日8時間のフレックスタイム制を行っているほか、状況によって、在宅勤務などのテレワークや短時間勤務を選ぶことができるなど、子育てしやすい職場環境の整備に取り組んでいる。
男性が子育ての制度や休暇を使うことを応援
社内に向けた案内や研修会により、男性も利用できる子育ての制度(子どもが産まれる前後に取る休暇など)を周知し、利用の促進を図ることで、積極的に子育てに参加する社員を応援している。
このような点が評価され、今回の表彰となりました。
「ものづくり.comのコンセプトにも通じるのですが、『働く人の生活を向上させたい』という想いが、今回表彰していただいた弊社の制度などにも反映していると思います。
子育てや働くこと、その両立に幸せや生きがいを感じられるような、余裕があるくらいの働き方の方が、結果として高いパフォーマンスを発揮できるのではないかと思います。」(熊坂社長)