「甲州地どり」をご存じでしょうか。
名前の通り、山梨生まれの地鶏で、その美味しさから、メディアやあのグルメ漫画「美味しんぼ」にも取り上げられています。
流通量が少なく、購入できる販売店も限られているため、県内はもとより県外遠方からも甲州地どりを求めて、直売店「甲州地どり市場」にファンが訪れるといいます。
今回は、その甲州地どりの飼育・販売を行う甲州地どり市場(甲州地どり生産組合)の加藤政彦さんにお話を伺いました。
甲州地どりとは
「甲州地どりとは、味の良さを追求した結果、山梨県で改良したシャモを父、劣性白ロック(※1)を母に誕生した地鶏です。国産若鶏といわれる一般的な鶏は、生後約55日程度で出荷されますが、甲州地どりは一般の鶏の2倍以上120日間、飼育します。またふ化してから約45日以降は、放し飼いにします。」と加藤さん。
※1 劣性白ロック:羽色は白だが、子にはシャモの色が出るタイプの鶏。シャモの味を落とさずに肉付きが良くなるよう改良された。
こだわり続ける育て方
太陽の元、のびのびと放し飼い
鶏舎内での平飼い(※2)が多いといわれてる地鶏。なぜ放し飼いを選んだのでしょうか?
「広い農場での放し飼いは、ストレスが少なく、元気にしっかりと運動ができることで、余計な脂肪がたまらず、歯ごたえのある引き締まった肉質になるからです。」
甲州地どりの農場では、飼育する全期間を3.3平方メートルあたり10羽以下で過ごさせるといいます。一般的な鶏の飼育では、3.3平方メートルあたり50~60羽で飼育することから考えれば、甲州地どりが、いかにのびのびと暮らしているかが伺えます。
▲甲府市内の農場。取材時も鶏たちは元気に運動していた。成長過程を17段階に分け、各段階に最も適した環境で育てる。
農家で放し飼いされていた、あの頃の鶏の味を求めて
「昔、大抵の農家では庭先で鶏を放し飼いしていました。日々その卵をいただき、ハレの日には鶏を締めて食卓にあげる。そんな当時の鶏の美味しさを忘れられない方も多いのではないでしょうか?私たちが甲州地どりを飼育する上でイメージしているのは、そんな昔の鶏なのです。」
実際いただいてみると、これが同じ鶏肉なのかと思えるほど、弾力、味の濃さなど、普段食べ慣れている一般的な鶏肉とは全く違うものでした。
中でも一番驚いたのは、鶏特有の臭いがないことです。
「例えば、一般的な鶏肉のレバーは、臭い抜きや血抜きをしますよね。この甲州地どりには、鶏独特の臭いはありません。だから下処理をしないでそのまま食べられます。
臭いなどは、環境や与える飼料によってどうにでもなるものです。例えば卵。黄身の色が濃い方がいいとか、薄い方がいいとか言われますが、私たちから言わせると、黄身の色は全く栄養には関係ありません。黄身の色を濃くするなら、飼料にパプリカを少し入れてやればいいのです。すぐに黄身の色が濃くなりますよ。」
人間の与える環境によって、それほどわかりやすく形にあらわれてしまうことに驚いてしまいます。
※2 平飼い:鶏舎の中で鶏が床を自由に動けるようにして飼育すること。
人間の都合に合わせた飼育はしない
「黄身の色、ひとつとっても言えることですが、飼育方法の違いが肉質・味に顕著にあらわれます。
一般の鶏肉でいうと、30年前は1キログラムの鶏肉をつくるのに、3キログラムくらいの飼料が必要でした。今は、1.8キログラム程度の飼料を与えれば、1キログラムの肉がつくれます。このように科学の力や遺伝操作によって品種改良し、成長ホルモン、抗菌剤を添加した飼料を与える、コストパフォーマンスが高い鶏の飼育が主流です。」
大量消費・安定供給のための大量生産。それは人間の都合に合わせた飼育だともいえます。
加藤さんの考える甲州地どりの飼育方法はその対極にありました。
「私が一番大事だと考えているのは、美味しいというか、当たり前の味。当たり前の飼い方。昔からやっていた、当たり前の自然な飼い方です。だから人間の都合に合わせた飼育はしません。
今、大半の養鶏は、人間が無理をして太らせる。無理をして色を変える。無理をして味を変えている。そういうことではなく、鶏が昔から持っている、本来の味だけを大切に、その味を引き出すために仕事をしています。
『鶏に無理をさせない』ということが、甲州地どりをみなさまに安心して食べていただける基本になっていると思います。」
全期間無薬飼料での飼育を実践
「鶏に無理をさせない」という姿勢は、与える飼料にも表れています。
全期間を無薬飼料での飼育を行っているのです。
「甲州地どりは抗生物質・抗菌製剤など『医薬品』を一切投与しないで飼育します。また遺伝子組み換えのないトウモロコシや植物由来のたんぱく質を使用した飼料を与えています。
食物に残留している抗生物質や成長ホルモンなどの人体への影響が懸念されていますが、その観点から考えれば、私たちの甲州地どりは、医薬品や添加物を一切使用していません。だから『安全なお肉です。安心して食べてください。』と言えるのです。」
放し飼いと全期間無薬飼料による飼育。確かに鶏には優しいが、飼育する人間側にとって、その方法を実践していくのは、並大抵のことではないのでは。
「育てている時は、苦労を感じないですね。美味しいものをつくる、いいものをつくるって簡単なことだと思っているのですよ。
それを皆さんに理解していただいて、それを使っていただく、食べていただくことの方がよっぽど難しい。」
安心して食べられる美味しい鶏肉を目指した15年間
赤字続きの15年間
「甲州地どりの美味しさが認知されるまで、15年かかりました。」
味には絶対の自信があったが、「価格が高すぎる」「美味しいが、鶏肉はメイン料理にならない」など、営業先から相手にされない日々が続いたそうです。
当時を振り返って、加藤さんは言います。
「当時、養鶏だけでは暮らしていけず、昼間は養鶏、夜間は他のアルバイトをして生活していました。養鶏よりもアルバイトの稼ぎの方が良かったくらい。」
やめたいと思ったことはなかったのでしょうか。
「やめたいと思ったことはないですね。馬鹿だと思いますよ。」と笑います。
「やめなかったのは、そんな中でも甲州地どりを美味しいと言って求めてくださるお客様や人と繋がりがあったからだと思います。」
1店の飲食店からはじまった快進撃
「1999年、地元甲府の飲食店が甲州地どりを取り扱ってくれることになりました。そのお店で甲州地どりの味を知ったお客様から『この鶏は何だ!?』と口コミで広がったようです。それから県内外の飲食店関係者の方が農場を訪れ、直接注文をして下さるようなったのです。」
これを転機に、各メディアで取り上げられるようになり、甲州地どりはその名を知られるようになりました。
「現在は、山梨県はもとより東京から大阪など関西圏まで各地の飲食店と取引させていただいています。」
お客様の裾野を広げたい
直売店をオープン より多くの方に美味しさを伝えたい
「みなさんに知っていただくようになってからも、飲食店さんとの取引が大半を占めていました。やはり直接お客様に甲州地どりの美味しさを伝えたいという想いがあって、2010年に『甲州地どり市場』をオープンしました。」
甲府市平和通り沿いにある甲州地どり市場
店内には、卵、甲州地どりの各部位、ソーセージやプリンなどの加工品を販売している。
甲州地どりを味わえる飲食コーナーも併設
店内には、飲食コーナーも併設されており、様々な甲州地どりの料理を味わえます。
▲(左上から右へ)甲州地どりをふんだんに使用した兄弟丼、チキンピラフ、照り焼き、コラーゲンラーメン、鶏肉のソーセージ。珍しい鶏肉のソーセージは店内・通販でも購入可能。
食べ比べの会を開催
甲府地どり市場では、昨年から店内で食べ比べの会を開催しています。
「鶏肉は、地鶏、銘柄系、国産若鶏と3つに分類されています。しかし大半の方は、一緒くたにしているのが現状です。またほとんどの方は、「○○どり」などの商品名がつけば銘柄系も地鶏だと思ってしまう。
その違いを知っていただくために、食べ比べの会を始めたのです。昨年は、約80名の方にご参加いただきました。」
その中で約85%の方は、甲州地どりを美味しいと感じたという。しかし、15%程度の方は、国産若鶏の方が美味しいと答えたといいます。
「普段食べ慣れているものを美味しく感じる方もいるということです。国産若鶏の年間出荷羽数は3億5000万羽、対して私たちの甲州地どりは年間2万羽を出荷しています。圧倒的な数の差もありますが、多くの方に味を知っていただくためにも羽数を増やすことが命題です。」
食卓の記憶に残る「テーブルミート」に
甲州地どりのこれから
「これまでの30年間、積極的に宣伝するまでの体力が私たちになかったので、甲州地どり市場をご存じない方もまだまだ多いのではないかと思います。
いかにして甲州地どりをみなさまに知っていただいて、『甲州地どりだから食べたい!』というファンを一人でも増やしていきたいですね。」
甲州地どりの販売先の95%近くは、飲食店といいます。
「今は家庭で食べるというより、甲州地どりをお店でお酒を飲みながら召し上がっていただくことが多いと思います。
価格が高いので、毎日の食卓に上ることは難しいかもしれませんが、誕生日や記念日など特別な日に、テーブルミートとして甲州地どりを選んでいただけるような、そういう味と品質をこれからも守っていきたいですね。」
甲州地どりを愛し、誇りを持つ。
甲州地どりについて語る加藤さんの目は、終始輝いていたのが印象的でした。