今回は、甲府市中央、桜通りに面した早川ベーカリーの3代目社長の小川義美氏にお話を伺いました。
甲府市で操業している理由: 地元の洋菓子店であり続けたい
山梨で初めて洋菓子とコーヒーを紹介した店
「早川ベーカリーは、1929年(昭和4年)に山梨県内で初めて洋菓子とコーヒーを紹介した店として創業しました。2019年で創業90年を迎えます。
小学校を卒業したら丁稚や見習いとして働きにでるような時代にバター、はちみつ、砂糖、卵といった当時の高級食材を使った洋菓子の専門店は、本当にハイカラなものだったと思います。」
「県内でいえば、甲府市は商業の中心です。特にここでは80年90年の企業はまだまだ新参者です。100年以上続く企業もあるので、そんな企業に続いていけるように頑張っていきたいですね。」
もともと東京銀座の洋菓子店で総シェフとして働いていた小川社長。
「地元では『早川ベーカリー』と呼ばれるより『桜町※のベーカリーさん』と地元のお客様から親しみこめて呼んでいただいています。今から30年近く前になりますが、私が甲府市に来た頃、この場所を離れて、別の場所での営業を考えたこともありました。しかし、もしここを出て行くことになれば、今まで築いてきた歴史やお客様との関係が失われてしまう、『桜町のベーカリーさん』でも『早川ベーカリー』でもなくなってしまうのだなと意識しましたね。」
ご家族何世代にも渡って通い続けてくれるお客様も多いといいます。
※桜町:旧町名。
「洋菓子職人として駆け出しの頃、お店に貯金箱を持ったお子さんが『このお金でお母さんにケーキをあげたい』とやってきました。ケーキを手渡した時のその子の笑顔は忘れられません。当時の私は、本当に洋菓子職人としてやっていけるのか不安だったのですが、その子の笑顔を見た時、人を笑顔にできる、誰かの幸せのお手伝いができるこの仕事を続けていこうと覚悟が決まりました。」
それは、早川ベーカリーの先代の教え「幸せのお手伝いをさせて頂く事が使命」に重なる出来事でした。
1世紀近く、ぶれることなく洋菓子を作り、お客様から求め続けられる企業として存在できる理由は何でしょうか?
「常にお客様を裏切らないことと安心して召し上がれる商品を作り続けてきたからでしょうか。流行や時流に囚われず、自分が美味しいと思って信じているものを売っていく、創り続けてきたからだと思います。」
会社の特徴:すべてのお客様に「美味しい」を届けたい
木のぬくもりが感じられる店内には、モンブランやクリームブリュレと並んでバタークリームケーキやサバランなど懐かしいケーキもショーケースを賑わしています。
▲バタークリームケーキやサバランなど懐かしいケーキも。今でも根強い人気商品。
▲店頭に並んだバウムクーヘンと焼き菓子の数々。
「創業当初から作っているケーキやバームクーヘンをお求めに遠方からもお客様がいらっしゃいます。『早川ベーカリーのあのケーキが食べたい』と思って来てくださるお客様のために、今まで培われてきた製法や商品へのこだわり、『すべてのお客様に「美味しい」を届けたい』という志は、守っていかなければならないと思っています。」
40年以上使っているというバウムクーヘン専用のオーブンを見せていただきました。
「今では植物性油脂を使って作るのが主流になっていますが、早川ベーカリーでは、バターを使用し、創業当時と同じ製法で手焼きしています。」
オンリーワンの存在でありつづけるために、自分たちでできることは自分たちでやる
「早川ベーカリーでは、すべての生地・パーツを自社で作っています。
例えばタルト生地など、業者に頼んで作ったものを使用するお店もあります。私は、すべて自社で作ったものでないと、その店のオリジナルとは言えないと思っています。生地からすべて自社で製作するからこそ、オンリーワンの早川ベーカリーの洋菓子なのです。」
▲「店頭に並んでいる商品で作っていない物はハーブティーぐらい」と小川社長。商品へのこだわりはケーキや焼き菓子だけに留まらない。自社の洋菓子に合うよう、オリジナルブレンドのコーヒーも作った。
オンリーワンのケーキは、ウェディングなど特別な日のために注文される方も多いといいます。
これまで製作したウェディングケーキは、キャラクターから新郎新婦の似顔絵まで、平面、立体に問わず、ふたりの想いを形にしたものばかり。
早川ベーカリーのオリジナルウェディングケーキは、facebookからご覧いただけます。(外部リンク)
「お客様のご要望をしっかり伺いながら、100%お二人の理想のケーキになるよう、お作りしています。
写真を可食インクでプリントし、デコレーションしているところもありますが、早川ベーカリーではしません。やはり自分の手、職人の手から生まれたものでないと、オリジナルとは言えないと考えているからです。」
すべてのお客様に「美味しい」を届けたいという想いは、アレルギー対応のケーキづくりにも
10年程前、小川社長のもとにお客様から『孫がアレルギーで、ケーキが食べられない。孫でも食べられるケーキを作ってほしい』という相談が持ち込まれました。
「ご存じのとおり、ケーキには、卵、牛乳などの乳製品、小麦が使われています。そのどれか、あるいは複数の食材にアレルギー反応が出る場合は避けなければなりません。」
実家が和菓子店を営んでいたという小川社長は、小麦の代わりにまんじゅうなどで使う米粉で代用できるのではないかと考え、試行錯誤の末、卵・乳製品・小麦アレルギーに対応したケーキを完成させました。
前述のお客様は、毎年お孫さんの誕生日には、このケーキを家族で囲み、祝うといいます。
「アレルギーがあってもなくても、みんながケーキを囲んで、楽しい時間、楽しい思い出を作るお手伝いができたことも、先代からの「幸せのお手伝いをさせていただくことが使命』という教えがあったからだと思います。」
※アレルギー対応のケーキはオーダーメイドのため、完全予約制となります。お電話でご相談ください。
シンプルこそ最高のエレガンス
賞を獲ったお菓子ではなく、「私のお菓子」を届ける
「シンプルこそ最高のエレガンス」とは小川社長がケーキ作りのコンセプトにしている言葉です。
それは、店内にも表れています。
社長自身、東日本洋菓子コンテスト(現ジャパンケーキショー)に入賞するなど、輝かしい経歴を持っていますが、店内には楯や賞状といったものは見当たりません。
「いっさい飾らないですね。賞を獲ったことは、自分の中の歴史のひとつ、記憶であって、ここには必要ないです。自分にとっては必要かもしれないけれど、お店にとって、お客様にとっては必要ないと思っています。
過去の実績ではなく、今作っている商品がすべてです。」
賞を獲ったお菓子ではなく、『私のお菓子』を食べていただきたい。
このシンプルな意志は、生み出すケーキに対しても同じです。
「『いくらでも食べられる』なんていうほめ言葉には、私は違和感を感じます。私はひとつ食べれば満足できるケーキ、そして食べた方の記憶に残るお菓子を作り続けていきたいですね。」
人材育成 :洋菓子店を続けていくための心構えを伝える
現在、3名の若手職人が働いています。
「洋菓子の作り方はインターネットで調べればわかる時代です。作り方だけならそれで十分かもしれません。
早川ベーカリーでは、洋菓子店を続けて行くために何をしなければいけないのか、何をしてはいけないのか、洋菓子職人を生業としていくための心構えを伝えたいと思っています。
独立した職人も、ここと同じように長くお客様に愛される店を続けています。長くお店を続けられる人材を輩出できることは、早川ベーカリーにとっても誇りだと思っています。」
若手職人にあえて教えることはしないといいます。
「特別に教えることはないですが、私も若手も同じ場所で作業をしているので、私の作業を見ることができます。見て覚える。身体で覚える。それが修行だと思います。実際、教えなくてもできるようになりますね。」
「ただ自然にできるようになるわけではありません。職人自身がどれだけ強くできるようになりたいと思っているかどうかです。できるようになりたいと思うからこそ、できるようになるのです。」
▲社長の隣で、ウェディングケーキのパーツ作りをしている若手職人。チョコレートを薄く伸ばし、リボンを作る繊細な作業。「この技術も特別教えていませんね。」と小川社長。
現在、山梨洋菓子協会の会長も務めています。
年に一度開催される「山梨ケーキショー」では、技術コンクールや子どもたちにお菓子作りの楽しさを伝えるイベントなど行っています。
「自分の技術を試せるのが、コンクールです。ショーケースに並ぶケーキや洋菓子を作るのは日常の仕事。その中で自分の時間を作って、より高い技術を身に着ける、自分を向上させる努力をすることが大切です。
私自身、早くシェフに認められたい、シェフをしてほしいと声をかけられる職人になりたいと思っていました。コンクールで評価されたことで、技術を認められ、次のステップに繋がり、現在があると思っています。
職人にとって、技術は武器です。『チャンスがない』と言って、武器の手入れをしないのは、本末転倒。チャンスがくるまで、武器を磨いておくのです。」
これからの甲府市の商工業:オンリーワンだからできること
甲府市に限らず、地方都市では大型店の進出などで、中心街の空洞化が進んでいると言われています。
「長い歴史の中で考えてみれば、いい時もあれば、悪い時もあるのは当たり前のこと。
大型店ができて商店街がダメになったと言う方もいますが、『ダメになったのはお店ではなくて、そう思う気持ちだよ』と思いますね。商店街が負けたのではなくて、負けているのは気持ちなのです。
宝飾業のように山梨県にしかない特化した産業がありますよね。商店街も同じで、お肉屋さんがあり、八百屋さんがあり、それぞれ特化したお店が集まってできていて、お客様とコミュニケーションをとりながら商品を売ることができる。大型店にはできないサービスを提供できることは強みです。
甲府市街には若い世代が営む個性的な新しいお店も増えてきました。」
それぞれの専門分野や技術を磨くことで、オンリーワンの価値を作り出す。このような動きが継続的に続くことで、中心街の活性化へのヒントになるのかもしれません。
▲早川ベーカリーの特許を用い、新緑あふれる5月始めに甲府のぶどう畑で収穫された無農薬のぶどうの新芽や若葉を細かく粉してパウダー状にしたものを、カステラ生地に練り込み、焼きあげた「甲府ぶどうの葉カステラ」。甲府ブランド「甲府之証」認定第7号の商品です。
未来の会社像:会社の使命を全うしていく
「『規模を大きくした方がいい』とアドバイスをいただくこともありますが、規模を大きくするよりも、お店を継続することが大切だと思っています。
規模を大きくすることが目的になってしまったら、守り続けてきた「幸せのお手伝いをさせて頂く」という会社の使命を果たせないですから。」
そんな社長の背中を見て育った息子さんは、今、早川ベーカリーで菓子職人として働いています。
「創業者から先代、私と『早川ベーカリーを守ろう』という人間が受け継いできました。受け継ぐのは技術ではなく、想いなのかもしれません。」
今日の仕事が誰かの笑顔を作り、その笑顔が明日に繋がり、未来を切り開いていく。
「明日もシャッターを開けて胸を張って『いらっしゃいませ』と言えるお店であり続けたいですね。」
洋菓子を通じて、早川ベーカリーのDNAは受け継がれていきます。