甲府市城東で味噌と麹の製造販売を営んでいる「五味醤油」に伺いました。
甲府市で操業している理由:甲府市の環境だからこそ作れる「甲州みそ」
「創業は明治元年、今年で150周年を迎えました。元々は醤油がメインでお味噌も作ってお酒とたばこも販売していました。街の商店といった感じでしょうか。35年くらい前に醤油の製造はやめて、味噌と麹の製造販売、味噌など発酵に関わるイベントやワークショップをしています。」
と話してくれたのは、2017年に五味醤油6代目に就任した五味仁社長。
「創業当時から同じ場所で商売をしているんですが、このあたりは酒屋さんが多いんです。昔はお酒の販売事業もしていたので、問屋街が近くにあるこの地域を選んだのかもしれないですね。」
五味醤油がお店と製造場を構えている甲府市城東には、線路の上を走る車を馬が引く馬車鉄道も走っていたそうです。
「昔は郵便物や大豆や塩などの材料は駅留めたっだそうです。ここは駅まで近いですし、馬車鉄道も通っていたので、材料や仕込みの終わった味噌などの運搬にもとても便利だったと思います。」
ー創業から150年、同じ場所でものづくりをしている理由は何でしょうか?
「そもそも味噌は、煮た大豆に麹をつけて半年から数年間、発酵させる食品なんです。大豆を発酵させるために不可欠な麹は、蒸した米や麦に麹菌が生えたもので、その土地ごとの気候や風土によって変わります。味噌を仕込んだ時はすごく寒くて、夏を迎えるとすごく暑いという寒暖の差は、甲府にしかない気候環境で、作っている麹や味噌の風味にも影響しています。山梨は米があまりとれなかったこともあって、米麹の足りない分、麦麹を入れて味噌を作っていました。これが、米味噌のさっぱり感と麦味噌の甘みがミックスされたまろやかな味わいの「甲州みそ」です。米麹と麦麹を合わせて作る味噌は全国的にも珍しいんですよ。150年間受け継いでいる味噌は、ここでしか作れない甲府盆地ならではのものだと思っています。」
また、五味醤油のつくる味噌や麹を使い続けてくれるご近所さんの存在も大きいといいます。
「スーパーやコンビニなどお味噌を買える便利な場所があるのに、わざわざお店に足を運んで購入してくれるお客様がいることも大きいですね。近所のおばあちゃんが『孫がここのお味噌で作ったお味噌汁が食べたいっていうのよ。』と買いにきてくれたり。おばあちゃんが作ってくれたからこそ、お孫さんも好きになったと思うし、食卓の記憶とか、そういう体験の記憶とともに、次の世代に繋がっていくのかなと思います。」
現在は、味噌と麹の製造販売だけではなく、「発酵兄妹」として妹の洋子さんとともに味噌や甘酒づくりなどの発酵に関わるワークショップやイベントを開催しています。
ー製造販売だけではなく、ワークショップなど参加型のイベントを始めたきっかけは何でしょうか?
「東京から戻って五味醤油に入ったころ、ちょうど小学校で総合学習がはじまりました。
今は統合してしまいましたが琢己小学校や新紺屋小学校などの総合学習の時間に味噌づくりを教えてくれないかというお話をいただき、手づくり味噌の教室をしたことがきっかけです。」
そこで教えている子どもたちのママさんグループから『うちでもできるの?』という問い合わせや『味噌づくりを教えてほしい』という依頼を受けるようになります。
「だんだん味噌づくり教室の依頼が増えていったので、これは仕事として可能性があるなと思って力を入れていったという感じですね。」
同じ頃、「もっとわかりやすく楽しく、味噌づくりを伝えられたら」という思いから発酵デザイナーの小倉ヒラクさんとともに「手前味噌のうた」を発表します。子どもたちも楽しめるダンスもつけたこの「手前味噌のうた」はのちに絵本として書籍化、2014年には食の楽しさを伝える取り組みが評価され、グッドデザイン賞を受賞します。
その後も順調に味噌づくり教室の依頼は増え続け、東京で働いていた妹の洋子さんも手伝うようになりました。
「当初は、公民館を借りたり、個人のお宅やお寺など依頼を受けたところで麹、大豆、樽など全てを用意して、教室を開いていました。」
洋子さんと2人合わせて年間100回以上のワークショップをするようになると、受けきれない依頼がでるようになってしまいました。
「このままだと出張教室は無理だなと感じた時に、そもそもここに来てもらえばいいんじゃないかと思ったんです。自社の敷地内に食の体験スペース「KANENTE(カネンテ)」をつくりました。」
甲府のまちに根差し、いろいろな人が集う場所。
KANENTEで開催するワークショップには、県内にとどまらず、県外からの参加者も多いそうです。
「味噌づくり教室では、東京・神奈川など山梨近県から来てくれる方もいます。この前のワークショップでは、福岡から来られた方もいましたね。甲府の中心街でランチをしてから味噌づくり教室に参加するとか、教室に参加した後に観光したり、宿泊したり、味噌づくりと観光を通して、甲府市を楽しんでいる方が多いです。」
ー味噌づくりをきっかけに甲府市を訪れるわけですね。
「何がきっかけでここに来てくれるのかは分からないですけれど、確かに来たいと思ってもらえる要素をたくさん作れたかなと思いますね。」
2015年から地元ラジオ局で発酵をテーマにした番組「発酵兄妹のCOZY TALK」に出演し、さらに活動の場を広げています。
「僕たちくらいの規模だと生産量を増やせません。味噌や麹をいかに魅力的に伝えていけるかってことを考えています。歴史だったり、甲州みそが伝統食のほうとうのベースになっていることとか、実際味噌ってこういうものだよと、ちゃんとお客さんに伝えていくことが、一番手間がかかりそうだけど、一番確実な方法だと思っています。」
企業風土:必要とされるものをきちんと考えて提供する
五味社長は、あえて企業理念や社是は掲げないといいます。
「ちゃんとした会社に行くと、理念とかいろいろあるじゃないですか。
ぼくたちは、そういうものを掲げていませんが、ただ必要とされるものをきちんと考えて提供できていけば、会社は存続できると思っています。」
人材育成について
「人材育成について今考えているのは、うちにはベテランの職人さんもいるので、その培ってきた技術を若い世代に伝えられればと考えています。
例えば、実家がお味噌屋さんとか醸造業に就きたいという学生が3年~5年くらいのスパンで五味醤油で研修を受けて、巣立っていく。そんなイメージを持っています。」
ー育てた人材が巣立っていってしまってもかまわないのですか?
「僕たちの規模だと、会社が大きくなってシェアを増やすというのは難しいんです。僕自身は、人口減少といった様々な社会状況や環境の変化に合わせて、五味醤油が適正な規模で続けていければ良いと思っています。だから僕たちのところから巣立っていった人たちが、それぞれ新たに独自のものを作るとか、学んだことを活かしながら伝統を守ったりしながら、それぞれの場所で根を張っていってほしいですね。そういうことがいたるところで続いていけば、すごく素敵じゃないですか。多種多様な生態系ではないですけれど、いろいろなものがあって、お客さんが選べた方が楽しいですよ。」
お店で販売されている商品にも「お客さんが選べた方が楽しい」が反映しています。自社製品以外に、はちみつから手ぬぐいまで。
ー人材の囲い込みや製法を門外不出にしている会社もありますが。
「五味醤油にはないですね。実際味噌づくりで使う材料は、どの会社もそんなに変わらないです。大豆と麹と塩ですから。ただ、麹菌が違えば製法も違うので、同じものができづらい。だから必然的に他社とライバルになりにくいんですよ。自分たちの味噌をちゃんと作っていれば、他社のことは気にしなくていいのかなという思いがあります。自分たちの作ってきたものをみなさんに気に入ってもらえればいいなと思います。」
その姿勢は、発酵兄妹としても活動をともにしている発酵デザイナー小倉ヒラクさんのワークショップにも表れています。
「小倉さんの教室も面白くて、ワークショップを一回受けてくれたら、その製造方法の資料を全部渡すんです。他の人にも教えていいんですよ。ただし条件があって3回成功したら、先生になれるんです。本当に発酵に興味があって、わざわざやってくる人は、全国に数百人くらいしかいないと思うんですよ。その人たちが他の人に教えることによって、もっと味噌や麹、発酵に興味を持つ人が増えて、裾野が広がればいいなと思っています。」
ーオープンソースみたいですね。
「うちは醤油はやめたんですけど、オープンソースを始めてるっていう。僕らは、自分たちの成長とともにネットも成熟してきた世代だと思います。ソフトウェアなど無償でソースを公開して誰でも自由に参加して構築していくのをリアルタイムでみているので、固執しないのかもしれません。それに、もともと目に見えない微生物を商売にしているから、こだわらないでやりやすいのかも。菌のいいところは、もともと目に見えないので、そこにあるのかないのか分からないものを半分信じるみたいなところで関わっている分、ほかのものとのコラボもしやすいような気がしますね。」
そんな姿勢が、「てまえみそのうた」や「KANENTE」、発酵兄妹の活動に実を結んでいくのかもしれません。
そしてまたひとつ、生まれようとしています。
戦後すぐ建てなおしたという築70年の工場の一角につくられた新たなスペース「芽の出る場所 Tane(たね)」。
この空間でいろんな種が芽生えて、事業者が、この街が、関わる人たちや文化が芽吹いていく場所になりますようにとの願いが込められているそうです。
甲府の商工業について
「間接的には甲府の商工業に繋がると思っているんですが、移住者が増えた方が面白いんじゃないかな。僕のまわりでもUターンやIターンの人が多くなりました。」
ーどういう職業の方が移住されているのでしょうか?
「個人で商売をされていたり、どこにいても仕事ができるクリエイティブ系の方とか。そういった方たちへ、例えば個人で使いやすい施設を増やすとか、移住する人の住むところを紹介したりとか、もっとサービスが充実するといいですよね。ちゃんと生活の糧があって、その業界の中では実力のある人が移住していたりするので、もともと住んでいるぼくらにとっても刺激的です。先に移住している人たちが楽しそうに生活しているのをみれば、甲府に移住しようという人がもっと増えると思います。」
未来について
「ちょうど今年で150周年なので、プロダクトやサービスは変わっても続くようにしたいなと思っています。続くっていうことは誰かに必要とされているということですから。
五味醤油として何をやっているか分からないですけど、誰かの役に立って、続いていたらいいなと思います。」
甲府の街と共に歩みながら150年。業態を変えながら、醤油から味噌へ、またそこから新たな道に進む五味醤油。甲府に住む人々を支え、そして支えられながら、100年後にどのような面白いことをやっているのか楽しみです。